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大阪高等裁判所 昭和58年(う)1225号 判決

主文

原判決を破棄する

被告人を懲役二年及び罰金一〇万円に処する。

原審における未決勾留日数中一八〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してあるビニール袋入り覚せい剤白色結晶三袋(当庁昭和五八年押第四七一号の2の1ないし3)、同三袋(同号の3の1ないし3)、同五袋(同号の4の1ないし5)、同一袋(同号の5)、同一袋(同号の6)及び同一袋(同号の7)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事土肥孝治作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人谷口茂高、同倉岡榮一連名作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、原判決は、本件公訴事実中、「被告人は、岡野こと李光士と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和五七年一一月二八日午後一一時一〇分ころ、大阪市城東区東中浜二丁目二番二一号丸福ハイツ三〇二号室において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶17.53グラムを所持したものである。」との公訴事実につき、犯罪の証明がないとして無罪の言渡しをしたが、右は、事実を誤認し、法令の解釈、適用を誤り、かつ訴訟手続の法令違反をおかしたものであつて、それらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるうえ、右公訴事実は、原判決が有罪とした覚せい剤取締法違反の各事実と併合罪として、一個の刑により処断されるべきであるから、原判決はその全部につき破棄を免れない、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせ検討し、次のとおり判断する。

控訴趣意書第二の二の2及び3の各主張について

所論は、原判決は、警察官らが原判示の丸福ハイツの三〇二号室内において、被告人に殴打、足蹴りの暴行を加え、原判示の本件証拠物(覚せい剤一四袋、以下、本件証拠物という。)の所在を指し示させたと認定しているが、これは事実を誤認したものであり、また、仮りに、警察官らがそれより前に右ハイツの階段及び踊り場において被告人の身柄を拘束したことが違法であり、このように被告人を違法に拘束したうえ本件証拠物の捜索差押手続(以下、本件捜索差押手続という。)に立ち会わせたことが違法であるとしても、その違法の瑕疵は憲法三五条の令状主義の精神を没却するほどの重大なものとはいえないのに、原判決が本件証拠物の押収手続には令状主義の精神を没却させる重大な違法があり、これを証拠として許容することは、将来における違法な捜索の抑制の見地からして相当でないとして、その証拠能力を否定した点は、憲法三五条、刑事訴訟法二一八条等の解釈、適用を誤つたものであるという。

一そこで、まず、右事実誤認の主張について判断する。

1  警察官の証言等の信用性について

本件捜索差押に従事した各警察官の原審における証言の要旨は、原判決が摘示するとおりであり、当審で取り調べた各警察官の証言及び捜査官に対する各供述調書(謄本を含む。)の内容も右とほとんど同旨である(以下、以上を警察官の証言等という。)。

右証言等は、本件捜索差押が行われた経緯及び状況、とくに被告人及び豊田隆雄に対する身柄拘束の状況について、いずれも具体的、詳細、かつ自然であり、多くの客観的事情とも符合するうえ、相互にもほぼ一致しているので、十分信用性が認められる。

原判決は、警察官の各証言が信用できないことの一つの理由として、原審証人阿部員章が三〇二号室の斜め前の三〇七号室の住人から、「三〇二号室で大きい音がしているので怖いから見に来てほしい」旨の電話連絡があつたと証言している点を挙げ、右電話の内容は、三〇二号室で「大きい音」を発するような何らかの出来事のあつたことを窺わせるものというべきであつて、本件捜索に従事した白石警部補らの原審公判廷における証言中、「被告人及びほぼ同時期に逮捕した豊田の両名とも三〇二号室内では平静であり、同室内での捜索が平隠のうちに行われた」との趣旨の証言部分と右電話の内容によつて窺われる同室内の状況とは、明らかに矛盾することが認められる、という。

しかし、(1)右証人阿部は、原判示のとおり、三〇七号室に住む栗原里美から三〇二号室で大きい音がしている旨の電話連絡があつたと証言しているのであるが、当審で刑事訴訟法三二八条の書面として取り調べた右電話をした栗原の司法警察員調書によれば、同人が右阿部にした電話の内容は、「今向かいの部屋(三〇二号室)でやくざがけんかしていますので、すぐに来て下さい。」というのであつて、阿部証言のように「三〇二号室で大きな音がしている」というのではないのであるから、証人阿部の証言中、栗原から「三〇二号室で大きい音がしている」旨の電話があつたとする部分はたやすくは信用できないものといわなければならない。

(2)仮りに、右電話の内容が「三〇二号室で大きい音がしている」というものであり、或いはこれに類する同室内の状況をいうものであるとしても、原審及び当審において証人として取り調べた警察官らは、被告人が三〇二号室前で警察官に呼びとめられて階段の方へ逃げた後、警察官らにおいて、緊急の必要ありとして同室の捜索に着手するため、同室炊事場の窓ガラスを叩き割つて同室内に突入し、同室内にいたと思われる者の探索や同室の炊事場、便所等の捜索に当つた旨証言し、またそのとき同室外で被告人らの追跡に当たつていた警察官である原審証人白石年春及び同中川勝利も警察官が捜索のため三〇二号室へ入るころ(被告人らが同室に連行される前)、同室の方でガラスの割れる非常に大きな音又は足音やドアーを蹴るかなり大きい音がした旨証言しており、また、その後の同室内の状況については、同じく原審及び当審で証人として取調べた警察官らは、その後被告人と豊田が同室内に連行されてきて、改めて室内の捜索が開始されたこと、被告人は同室においては平静にしていたが、豊田は同室の四畳半の部屋と六畳の部屋との間の仕切ガラス戸にくつつく位の位置に座らされていたところ、同人が何回も立とうとするため警察官がこれを制止して座らせ、その際右仕切戸のガラスが破れた旨証言して、警察官が同室に入り捜索に着手した際及びその後の同室内での捜索が大きな音を立てないで静かに行われたとは誰一人として証言していないのであり、一方阿部証言によれば「前記栗原から電話連絡を受け、急いで同室前に行き廊下から室内を見たところ、玄関を入つた直ぐの炊事場と次の間の四畳半の部屋との間付近で一人の男がひどく暴れており、それを二人位で取り押さえていた」というのであつて、以上これらの証言等を考え併すと、前記栗原が阿部に電話でいつた「三〇二号室で大きな音がしている」とか或いはこれに類するような同室内の状況はその時間的及び場所的関係からみて、被告人らが同室に連行される前或いは遅くとも被告人らが同室に連行されて間もない時期の同室内の状況をいつているものとみられる余地が十分にあり、むしろそうみる方が合理的と考えられる。

以上の点を考えると、原判決がいうように右白石警部補らの証言と右栗原の電話連絡の内容によつて窺われる同室内の状況とが明らかに矛盾するものとはいえず、これを明らかに矛盾するとした原判決は誤つているといわなければならない。

なお、原審及び当審で証人として取り調べた警察官の証言等によれば、三〇二号室における捜索の状況は、当時同室内には、捜索に従事するため、或いは室外での捜査状況報告等のために、多数の警察官が出入りし、室内を歩き回り、天井板を突いたり、押入れの中から蔵置物を取り出すなど騒々しい状況の下で行われていたことは否定しえないところであつて、これら三〇二号室における捜索の状況は、原審証人白石年春の「被告人も豊田も室内では平静であつて、捜索が平隠に行われた」旨の証言部分と抵触し、その信用性に疑いがあるとも考えられないわけではないが、同証人の証言全体を通じて右証言部分の趣旨とするところを考察すると、右証言部分は、同室内の捜索に際しての被告人らの態度に重点をおいて述べたもの、すなわち、被告人らは、室外における場合とは態度を異にし、室内では警察官が行う捜索自体に対してはこれに抵抗したり、妨害するようなことはなく、被告人らとの関係では捜索が問題なしに行われたことを強調する趣旨で述べたものと解せられ、同室内での捜索の作業等が物音も立てずに静かに行われたことをいつているものとは解せられないから、右証言部分をとらえて、同証人の証言の信用性否定の一事由とすることは相当でない。

原判決は、また、「同室(三〇二号室)内のガラスが破損した原因について志倉和夫巡査部長は、ガラス障子近くに座つていた豊田隆雄が、再三立ち上がろうとしたので、座れといつて押えつけた際、同人のひじか肩がガラスに当つて割れた旨の証言をしているが、同証言は、同室内のガラス破損の事実が公判定で明らかになつた後になされたものであつて、それ以前の段階において警察官証人は、ガラス破損の事実は知らない旨の証言をしていたこと、豊田隆雄は右志倉の証言内容を否定する証言をしていること、阿部員章の前記目撃状況に関する証言内容などに照らすと、右志倉の証言は、にわかに措信しがたいものというべきである。」という。

しかし、右判示のうち、(1)警察官証人がガラス破損の事実は知らない旨証言しているという点については、いずれも警察官である原審証人白石年春、同望月美明、同中川勝利、同志倉和夫及び当審証人瀬戸眞吉郎の各証言等によれば、逮捕されて三〇二号室の四畳半の間に座らされていた右豊田を監視していたのは、右志倉及び瀬戸であつて、右白石、望月及び中川は被告人を逮捕したり、或いは三〇二号室の捜索に従事したりしていて、右豊田の動静に特に注意を払うべき立場にはなかつたこと、本件捜索差押時には、十数名の警察官が三〇二号室の内外を激しく動き回り、窓から飛び降り、天井を突くなどして、同室内は騒がしい状態であつたこと及び本件三〇二号室の捜索差押の際破損したガラスは、前記ガラス障子のほか三箇所にも及んでいることなどが認められるのであつて、前記原審証人白石、同望月及び同中川が右ガラス障子のガラスの破損したことを知らなかつたとしても、決して異とするには足りないというべきであり、また、(2)豊田が前記志倉の証言内容を否定する証言をしているという点については、右豊田の原審証言に信用できない部分があることは後記2で説示するとおりであり、(3)阿部員章の証言を根拠として志倉の証言が信用できないと判示する点については、右証人阿部は、三〇二号室の四畳半と炊事場とのとりあい位の所で、「男がえらく暴れており、それを警察官の人が押さえていた」旨証言しており、この阿部証言は志倉の前記証言と矛盾するところがないばかりか、むしろこれを裏づけているというべきである。

そして、以上判示した点のほかに、警察官の証言等の信用性を疑わせるべき事情は見当たらないので、右警察官の証言等の各証拠は前説示のとおり十分信用すべきものと認められる。

2  原審証人豊田隆雄の証言の信用性について

原判決は、右証言はむげに排斥しがたいという。

しかし、右豊田と被告人とは、かつて被告人が豊田のしていた覚せい剤密売の手伝いをしていたという間柄にあるうえ、右証人豊田は、後記のとおり、本件捜索の直前に被告人から渡された約一〇グラムの覚せい剤の入手経路について、「それは私がまえからずつと持つていたやつです。」と事実に反した証言をして、被告人をかばつていること、そして原判決が同人の証言をむげに排斥しがたい一つの理由として挙げる「豊田と被告人とは、本件当日に逮捕されて以来引き続き身柄の拘束を受けているものであつて、相互に自由な意思の疎通をはかりがたい状態にあるのに、警察官のしたという暴行に関しては、大筋においてほぼ一致する証言をして」いるという点については、当審で取り調べた近藤精一の検察官調書謄本によれば、豊田と被告人は、豊田が原審で証言する以前から警察官の留置場においてよく話しをしており、本件直前の覚せい剤取引の状況についても口裏を合わせるような話をしていたというのであるから、原判決がいうように右両名は意思の疎通をはかりがたい状態にあつたとはいいがたく、そのように判断した原判決は誤つていること、右証人豊田は、警察官の望月美明が被告人を殴つたことはまちがいない旨被告人と軌を同じくする証言をしているが、右望月の原審証言によれば、同人は被告人から、「大変世話になつたということと、裁判でほかの者の名が分からんので、望月さんの名前を出してえらいすまん」という手紙を受け取つていることが認められ、その他警察官証言等に照らし、右証人豊田が右のように望月が被告人を殴つた旨明言するところは虚偽のものと認められること、同証人は、また、被告人が丸福ハイツの三階と二階の踊り場において余り抵抗もしていなかつたのに、三、四人の刑事に殴られたり蹴られたりしているのを見たと証言しているが、当時警察官は、被告人を三〇二号室の捜索差押に一刻も早く立ち会わせたうえ、覚せい剤の所在を指示させたいと考えていたのであるから、余り抵抗もしない被告人に殴る蹴るの暴行を加える必要も暇もなかつたとみるのが自然であること、同証人の証言中には、そのほかにもあいまいかつ不自然な点があることなどに徴し、かつ、前記警察官の証言等と対比すると、同証人の証言中、被告人に関する部分は、信用性を欠くものというべきである。

3  被告人のバックルに皮ベルトが付いておらず、ズボン後部のベルト通しの紐の上方がちぎれていること及び被告人が逮捕直後から腰部の痛みを訴え、治療を受けていることについて

原判決は、右各事実を被告人が三〇二号室で警察官から殴打、足蹴りの暴行を受けたことを推測させる事実としているが、警察官の証言等によれば、被告人は、右三〇二号室に連行されるまえに、同室前で白石警部補に呼び止められたのに逃走したため、同警部補らに追いかけられて抱き止められ、三階と二階の間の踊り場で転倒し、そこで異常な力を出して暴れたため、数名の警察官が被告人の上に乗りかかつて押さえつけるなどし、七、八分後にようやく被告人を制圧した事実が認められ、前記各物品の破損及び被告人の受傷は、その際のものである可能性が十分存するのであるから、右各事実をもつて被告人が三〇二号室内において警察官から殴打、足蹴りの暴行を受けたことを推測させる事実と評価することは相当ではない。

4  被告人の原審及び当審各公判廷における供述の信用性について

原判決は、三〇二号室内において被告人が警察官から暴行を受けたという被告人の原審公判廷における供述は、多少の誇張はあつても、大筋において措信しうるという。被告人は当審公判廷においても右と同様の供述をしているので、これをも合わせてその信用性を検討する。

被告人は、踊り場や三〇二号室において警察官の望月美明に腹を蹴られるなどの暴行を受けたと供述しているが、これは、前記のとおり被告人が同警察官にこの点について前示のような内容の謝罪の手紙を出していること、その他警察官証言等に照らし、虚偽のものと認められる。さらに以下被告人の供述するところを詳細に検討するに、警察官に右足首に手錠をかけられたと供述する点は、司法巡査作成の写真撮影報告書添付三〇二号室における逮捕直後の被告人の状態を撮影した写真にその状態が写されていないことから信用し難いこと、三階と二階の間の踊り場で手に手錠をかけられ、無抵抗の状態で約五分間警察官から殴る蹴るの暴行を受けたと供述する点については、前記2で説示したとおり、当時警察官には無抵抗な被告人に対しそのような行為に及ぶ必要も暇も全くなかつたとみるのが自然であつて、右供述は不自然であること、三〇二号室においても、覚せい剤の所在を指示するのをしぶつていたので、警察官から「こらあ、吐け、シャブ出せ。」などと言われて、殴られたり蹴られたりしたと供述する点は、被告人が司法警察員に対する供述調書中において、自分は素直に覚せい剤の所在を指示したと繰り返し供述していることと矛盾するうえ、右の点については、本件捜索差押の総指揮に当たつた警察官で、被告人が覚せい剤の所在を指示するまでの経緯を監督者として見ていた阪田廣之の検察官調書中の「シャブは誰でも目に付く電話機の横にあるナッツ缶の中に入つており、被告人にしやべらせなければ発見できないというような状況ではなかつたのです。被告人に指示させたのは、シャブとのつながりをはつきりさせ、捜索差押の任意性を確保するためであつて、どづいてでも無理して言わせる必要はさらさらなく、それはシャブの捜索の実情からして明らかなことで、そのような馬鹿げたことは致しておりません。」との供述記載に真実味が感じられるのであり、被告人の右供述もたやすく信用はできないこと、以上の点などを総合勘案すると、被告人の原審及び当審における各供述中、被告人が本件捜索差押に立ち会つて本件証拠物を指示するまでの経緯及び状況に関する部分は、信用性を欠くものといわざるをえない。

以上検討したとおり、三〇二号室において被告人に暴行を加えたことはないとする警察官の証言等は、十分信用すべきものであり、これに反する被告人及び豊田の前記各供述は信用し難く、他に右警察官の証言等の信用性を疑わせる証拠はないので、原判決が被告人は同室において警察官から殴打、足蹴りの暴行を受けたと認定したことは、事実を誤認したものといわなければならない。

二次に、原判決が本件証拠物の証拠能力を否定したことは、法令の解釈及び適用を誤つている旨の主張について判断する。

前記警察官の証言等及びその他の関係各証拠によれば、次のような事実が認められる。

すなわち、(1)原判決が認定判示するように、大阪府河内警察署防犯課は、かねて内偵捜査を実施していたところ、丸福ハイツ三〇二号室岡野こと李光士方において、覚せい剤の密売が行われているとの容疑を深め、同室を捜索すべく、あらかじめ李光士に対する覚せい剤譲渡の被疑事実に基づく捜索差押許可状(捜索すべき場所「大阪市城東区東中浜二丁目二番三号丸福マンション三〇二号室岡野光志こと李光士方居宅」、差し押えるべき物「一、覚せい剤二、注射器注射針三、覚せい剤を小分けするのに使う天秤およびビニール袋四、売上帳、仕入帳、メモ類五、その他本件に関係ある物」)の発付を得たうえ、昭和五七年一一月二八日午後九時ころから、防犯課長阪田廣之警部以下警察官十数名が右丸福ハイツに赴き、三〇二号室内外の動静をさぐるため、同室付近及び同ハイツ周辺において張込捜査を実施していたこと、(2)しかるところ、同日午後一一時少しまえごろ、被告人が同室から出て来て入口の戸に鍵をかけ外へ出て行くのを同室の向かいの三〇六号室に張り込んでいた警察官が現認したこと、その後被告人は、同ハイツを出て、その近くに停めてあつた自動車内において、豊田隆雄に覚せい剤約一〇グラム一袋を渡したが、三〇六号室の警察官から連絡を受けて被告人の後を追つた警察官中川泰彦には、被告人が右自動車の後部座席に乗り込み、既に車内には二名の者がいて、それらの者の人影が動いていることが分かつたのみで、覚せい剤を渡していることまでは分からなかったものの、同警察官はそこで覚せい剤の取引が行われている疑いがあると考え、三〇六号室の警察官に対し、連絡のあつた男が自動車内で覚せい剤の密売らしきことをしている旨の無線連絡をしたこと、(3)一方、三〇六号室にいた白石年春警部補は、以上のような内偵の結果と警察官の現認状況及び無線連絡の内容などを聞知していたところ、同日午後一一時ごろ、被告人が前記豊田とともに三〇二号室の前に立ち、ドアに鍵を差し込んで回しかけたのを認め、被告人が同室に居住しており、同室で行われている覚せい剤密売の容疑者であると判断し、被告人に職務質問をしたうえ、同室で覚せい剤を指示させるなどして被告人の覚せい剤所持状況を明確にし、今後の右事実の立証を容易にする目的で、被告人を捜索場所である同室の捜索に立ち会わせようと考え、五、六名の警察官の先頭に立つて部屋を飛び出し、被告人に近寄り「待ちなさい。」と声をかけて職務質問を開始したこと、(4)ところが被告人は、これに対し無言のままで同警部補の方をちよつと振り向くや、一旦差し込んだ鍵を引き抜いて手に持つたまま、先に逃走した豊田の後から大声をかけながら階下の方に走つて逃げたため、同警部補は直ちに被告人を追跡し、階段を一、二段ぐらい降りた辺りで被告人に追いつき、「警察の者だ。ガサ状もあるから立会が必要だ。」などと言つて、被告人の腰に両腕を回して背後からこれを抱き止めたが、なおも逃走しようとする被告人とともに三階と二階の中間にある踊り場に転落し、その場では同警部補が被告人を後ろから抱きかかえる状態で双方が横倒しになつたところ、被告人が手足をばたつかせ、異常に強い力で逃げようとしたので、後から来た数名の警察官が暴れる被告人と同警部補の身体の上に乗りかかつて、被告人を強力に押さえつけたこと、(5)右のように押さえつけていた警察官のうちに司法警察員巡査中川勝利がおり、同巡査もそこへかけつけるまえに、白石警部補と同様に前記無線連絡などの情報を得ていたものであるところ、同巡査は被告人が余りにも暴れるので、被告人に手錠をかけようとしたが、白石警部補はその段階ではまだ被告人の覚せい剤事犯の容疑が十分でないと考え、「待ちなさい。」と言つてこれを制止したこと、そして同警部補は、そのころ三〇二号室の方でガラスの割れる音を聞いて、被告人を押さえていた三、四名の警察官のうち前記中川巡査に向かつて、「押さえといてくれ。」と言つてその場を同巡査らに委ね、三〇二号室へ様子を見に行つたこと、(6)その後右中川巡査は、三階から二階へ一段降りた階段上に覚せい剤らしい白い粉の入つた約五センチメートル四方のビニール袋一袋が落ちているのを発見し、右袋は、実際は前記豊田が前示のように被告人から車中で受け取つた約一〇グラム入りの覚せい剤一袋を被告人とともに逃走する際そこに投げ捨てたものであつたが、被告人が警察官にこれはおまえの物だろうと聞かれたのに黙つていたこともあつて、同巡査は右袋は被告人が持つていたものであると考え、被告人に対する覚せい剤事犯の容疑をますます深め、そのときは被告人を押さえていた警察官の人数も減つていたうえ、被告人がなおも警察官の制止を聞かずに激しく暴れるので、その両手に手錠をかけて被告人を制圧したうえ、他の警察官らと共に、被告人の両側から両脇を抱えて三〇二号室へ被告人を拘束したまま連行したこと、なお被告人に手錠をかけるなどして被告人を連行するに当り、被告人に逮捕する旨や逮捕の要旨を告げる等の手続はとられなかつたこと、(7)前記白石警部補は、右のようにして身柄を拘束されて三〇二号室に連行されて来た被告人に対し捜索差押許可状を示したうえ、「覚せい剤があれば出しなさい。」などと言つてその所在を厳しく追及したところ、被告人は暫らく渋つて応じようとしなかつたが、一、二分して六畳間の畳の上に置いてあつた電話機の横のナッツボンキャンデー缶をあごをしやくりながら「そこにありまんがな、そこですわ」と指し示し、そこでその内部を捜索した結果、本件証拠物が発見され、直ちにこれを簡易検査に付したところ、覚せい剤特有の反応を示したので、これを差し押さえるとともに、同日午後一一時一〇分、被告人に対し覚せい剤所持の現行犯として逮捕する旨告げ、現行犯人逮捕の正規の手続をとつて被告人を逮捕したこと、以上の事実が認められる。

そこで、右認定事実を前提として、以下本件証拠能力の有無の点について検討する。

白石警部補らが前記のように三〇二号室前から逃走する被告人に追いすがり、後ろから抱き止めて踊り場に転倒させ、必死に暴れて逃走しようとする被告人を数人がかりで執拗かつ強力に押さえつけたうえ、さらに中川巡査らにおいて、被告人の両手に手錠をかけ、両側からその両脇を抱えて被告人を拘束したまま三〇二号室へ連行し、本体捜索差押に立ち会わせた行為は、究極において、本件捜索差押に被告人を立ち会わせ、覚せい剤等の証拠物の所在を指示させて、被告人と右証拠物との関係を明らかにすることを目的としたものであるとはいえ、右立会の結果前記のとおり本件証拠物が発見されて被告人が正式に逮捕されるまでの間は、正式な逮捕手続がとられていなかつたのであるから、当時後記のとおり、被告人に覚せい剤事犯の相当の嫌疑があり、白石警部補が被告人の逃走するまえに前記のとおり被告人に職務質問をした際は、警察官職務執行法二条の職務質問を行う要件が存在し、かつ、被告人は本件捜索差押場所である三〇二号室の居住者であつて、本件捜索差押に立ち会う義務があつたことを考慮に入れてもなお、前示警察官らの一連の行為は、職務質問又は捜索差押に立会人の立会を求める等の正当な職務行為の範囲を超えたものであり、違法であるというべく、したがつて、本件証拠物の押収手続には、その点において違法の瑕疵あるものといわなければならない。

しかし、押収等の手続に違法がある証拠物であつても、その証拠能力をただちに否定することは、事案の真相究明の見地から相当ではなく、ただ、証拠物の押収等の手続に、憲法三五条及びこれを受けた刑事訴訟法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合には、その証拠能力は否定されるものと解すべきである(最高裁昭和五一年(あ)第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決・刑集三二巻六号一六七二頁参照)。

これを本件についてみると、前記白石警部補が三〇二号室の前で被告人に職務質問をした段階においては、前記のとおり、すでに、それまでの内偵の結果、同室で覚せい剤の密売が行われている疑いのあることが分かり、これに基づいて同室の捜索差押許可状が発付されており、それに基づく本件捜索差押の当日に被告人が同室の入口の戸に施錠して外へ出るのが現認されているうえ、そののち、屋外の自動車内で被告人が覚せい剤の取引をしている模様である旨の無線連絡があり、その後間もなくして被告人が豊田とともに同室へ戻つて来たという状況にあつたのであるから、被告人について覚せい剤の所持又は譲渡の容疑が相当程度に存在していたとみるべきであること、したがつて、前記のとおり被告人に対し職務質問をすべき要件は備わつていたものと認められるところ、被告人は職務質問に応じないで突如逃走したのち、追跡する警察官に対し強く抵抗し、そのため、警察官らにおいて被告人に対し前認定のような行為に及んだこと、その後中川巡査が被告人の手に手錠をかけた段階においては、前記のとおり、被告人及び前記豊田が逃走した経路に覚せい剤らしい白色の粉が入つた袋が一つ落ちていて、被告人に対する前記容疑はますます濃厚となつたところ、被告人はなおも異常に暴れて逃走しようとしたため、これに対応して、警察官らが前認定のとおり数名で執拗かつ強力に被告人を取り押さえたうえ、被告人の手に手錠をかけるに至つたものであること、そして、当時警察官らは、被告人が三〇二号室の鍵を持つて逃走したため、同室へ直ちに入ることができず、同室内での罪証隠滅を未然に防止し、かつ、被告人と覚せい剤との関係を明らかにするためには、被告人を同室での捜索差押に一刻も早く立ち会わせる緊急の必要性が存したのであり、被告人の身柄を違法に拘束した本件警察官らは、右緊急の必要性から右の如き権限を超える行為に及んだものと認められること、被告人は、階段で警察官に追いつかれて最初に手をかけられてから約一〇分後には前記のとおり正式に逮捕されていること、さらに、そもそも、本件捜索差押手続は、基本的には、事前に適法に発付された捜索差押許可状に基づいて行われているのであり、警察官の前示違法行為は、本件捜索差押の執行に際し、立会人を立ち会わせるという付随的な手続の過程で行われたものであること、かつ、そのうえ、被告人には、前記のとおり、右捜索差押手続に立ち会う義務があつたことなどの諸事情にかんがみると、本件証拠物の押収手続における違法性の程度は、憲法三五条及びこれを受けた刑事訴訟法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大なものであるとは認められず、さらに、前記諸事情のほか、本件証拠物が前記のとおり発見の容易な場所にあり、被告人の指示がなくても差し押さえることが容易であつたという事情なども考慮に入れると、将来における違法な捜査の抑制の見地からしても、本件は、その証拠物の証拠能力を否定するのを相当とする場合であるともいえない。

結局、本件証拠物の証拠能力は、これを肯定すべきものである。

三したがつて、原判決が前記三〇二号室で警察官が被告人に暴行を加えたことを認定したうえ、これを重視して本件証拠物の証拠能力を否定し、その結果右証拠物に関する本件捜索差押調書、鑑定書及び覚せい剤を発見した旨の警察官の証言などの証拠能力をも否定し、前記公訴事実について犯罪の証明がないとしてこれを無罪としたことは、事実を誤認し、かつ、刑事訴訟法一条、二一八条等の解釈、適用を誤つたものというべく、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の論旨につき判断するまでもなく破棄を免れないところ、右公訴事実と原判示第一、第二の各覚せい剤取締法違反の事実とは併合罪として一個の刑により処断されるべきであるから、原判決はその全部につき破棄を免れない。

論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

第一及び第二の各事実は、原判示第一及び第二の各事実摘示のとおりであるから、これらを引用し、第三として次の事実を加える。

第三 被告人は、岡野こと李光士と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和五七年一一月二八日午後一一時一〇分ころ、大阪市城東区東中浜二丁目二番二一号丸福ハイツ三〇二号室において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶17.53グラムを所持した。

(証拠の標目)

判示第三の事実について次の各証拠を加えるほかは原判決の挙示するとおりであるから、これを引用する。

一 原審第一回公判調書中の被告人の供述部分

一 被告人の司法警察員に対する昭和五七年一二月一一日付及び一三日付並びに検察官に対する同月一七日付及び一六日付各供述調書

一 司法警察員作成の捜索差押調書

一 技術吏員清水達造作成の鑑定書

一 押収してあるビニール袋入り覚せい剤白色結晶三袋(当庁昭和五八年押第四七一号の2の1ないし3)、同三袋(同号の3の1ないし3)、同五袋(同号の4の1ないし5)、同一袋同号の5)、同一袋(同号の6)、同一袋(同号の7)

(法令の適用)

被告人の判示第一、第二の各所為は、いずれも覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条に、判示第三の所為は、刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、第一項一号、一四条一項にそれぞれ該当するところ、判示第三の罪につき情状により懲役及び罰金の刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるので、懲役刑について同法四七条本文、一〇条より最も重い判示第三の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期及び所定金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金一〇万円に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一八〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、押収してあるビニール袋入り覚せい剤白色結晶三袋(当庁昭和五八年押第四七一号の2の1ないし3)、同三袋(同号の3の1ないし3)、同五袋(同号の4の1ないし5)、同一袋(同号の5)、同一袋(同号の6)及び同一袋(同号の7)は、被告人が判示第三の罪について所持していたものであるから、覚せい剤取締法四一条の六本文によりこれらを没収し、原審及び当審の各訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(家村繁治 田中清 久米喜三郎)

《参考・一審判決理由》

[主文]

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する。

本件公訴事実中、被告人が、岡野こと李光士と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和五七年一一月二八日午後一一時一〇分ころ、大阪市城東区東中浜二丁目二番二一号丸福ハイツ三〇二号室において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶17.53グラムを所持したとの点については、被告人は無罪。

[理由]

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、

第一 昭和五七年一〇月二九日午後一一時ころ、大阪市東成区中本一丁目一一番一四号ダイヤ蝶ビル七〇二号室において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶紛末約0.05グラムを水に溶かして自己の身体に注射し、

第二 同年一一月二八日午後九時三〇分ころ、同市城東区東中浜二丁目二番二一号丸福ハイツ三〇二号室において、前同様の覚せい剤結晶粉末約0.05グラムを水に溶かして自己の身体に注射し、

もつてそれぞれ覚せい剤を使用したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)〈省略〉

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中、昭和五七年一二月一八日付起訴状記載の公訴事実第二は、「被告人は、岡野こと李光士と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和五七年一一月二八日午後一一時一〇分ころ、大阪市城東区東中浜二丁目二番二一号丸福ハイツ三〇二号室において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶17.53グラムを所持したものである。」というのである。

第一回公判期日において、被告人は、右公訴事実をほぼ全面的に認める旨供述し、弁護人も、検察官から取調請求がなされた右公訴事実に関する証拠書類をいずれも証拠とすることに同意したほか、証拠物である覚せい剤(ビニール袋入り覚せい剤白色結晶合計一四袋・昭和五八年押第一五〇号の二の一ないし三、三の一ないし三、四の一ないし五、五ないし七―以下「本件証拠物」という。)の取調べに異議がない旨陳述したため、いずれも適法に証拠調べを終えたが、その後弁護人は、被告人に対する逮捕手続に重大な違法があるので、これに付随して差し押えられた本件証拠物をはじめ、右違法逮捕ならびにこれを前提とする違法勾留中に収集された被告人の捜査段階における供述調書、捜索差押調書、鑑定書等(昭和五八年一月一八日付起訴状記載の公訴事実に関するものも含む。)は、いずれも証拠能力を欠くと主張するに至つた。

そこで、右各証拠の証拠能力について検討することとする。

一 本件証拠物の捜索差押および被告人の逮捕に至る経緯

被告人の当公判廷における供述、第二回公判調書中の被告人の供述部分、証人白石年春、同望月美明、同中川勝利、同阿部員章、同豊田隆雄、同志倉和夫の当公判廷における各供述、被告人に対する現行犯人逮捕手続書、捜索差押調書、写真撮影報告書(二通)、豊田隆雄に対する現行犯人逮捕手続書謄本、同人についての「覚せい剤の所持現認状況復命書」、捜索差押許可状請求書、捜索差押許可状、窓ガラス等の納品書および領収書、医師喜馬通作成の「証明書」ならびに押収してあるバックル一個(昭和五八年押第一五〇号の一七)、ズボン一着(同号の一八)によると、次の事実を認めることができる。

1 大阪府河内警察署防犯課は、かねて内偵捜査を実施していたところ、公訴事実記載の丸福ハイツ三〇二号岡野こと李光士方において、覚せい剤の密売が行われているとの容疑を深め、同室を捜索すべく、あらかじめ李光士に対する覚せい剤譲渡の被疑事実に基づく捜索差押許可状(捜索すべき場所「大阪市城東区東中浜二丁目二番三号丸福マンション二〇二号室岡野光志こと李光士方居宅」、差押えるべき物「一、覚せい剤二、注射器注射針三、覚せい剤を小分けするのに使う天秤およびビニール袋四、売上帳、仕入帳、メモ類五、その他本件に関係ある物」)の発付を得たうえ、昭和五七年一一月二八日午後九時ころから、防犯課長阪田広之警部以下警察官一〇数名が右丸福ハイツに赴き、三〇二号室内外の動静をさぐるため、同室付近および丸福ハイツ周辺において張込捜査を実施した。

同日午後一一時ころ、三〇二号室の向かいの三〇六号室内で張り込んでいた白石年春警部補は、被告人がほか一名の男(後に豊田隆雄と判明した。)とともに三〇二号室の前に立つてドアの錠を開けようとしたのを認め、被告人がその約一〇分前に同室から出て来たところを他の警察官が現認しており、かつ、その後被告人が丸福ハイツ付近で覚せい剤の取引をしている旨の無線連絡を同所で張込中の阪田警部から受けていたため、これまでの内偵捜査の結果を合わせ、被告人が同室に居住しており、三〇二号室で行われている覚せい剤密売の容疑者であると判断した。

そこで白石警部補は、被告人に職務質問をしたうえ、三〇二号室で覚せい剤を指示させるなどして被告人の覚せい剤を指示させるなどして被告人の覚せい剤所持状況を明確にし、今後の右事実の立証を容易にする目的で、被告人を捜索場所である三〇二号室の捜索に立ち会わせようと考え、警察官五、六名とともに三〇六号室を出て被告人に近付いた。

2 その後の経過については、被告人の供述と警察官らの供述との間には顕著な食い違いが存するので、両供述を対比し、その信用性を検討する。

(一) 被告人供述の要旨

三〇二号室に入ろうと思つて鍵をちやらちやらいわせていると、前の部屋から「こらあ」といつていきなり人が出て来た。最初はてつきりやくざか何かと思つたが、あとから続いて人が出て来て、手錠を持つてるので警察官と判つた。こちらはシヤブやつてるからまずいと思つて、階段方向に逃げ、階段を降りようとすると、いきなり右手に手錠をかけられ、次いで左手にも手錠をかけられて両手錠にされたうえ、その場に倒されて、二、三人の警察官から左腰、頭、腹などを多数回にわたつて殴る蹴るの暴行を受け、更に右足にも手錠をかけられて吊るし上げられ、一人の警察官に左脇腹付近を蹴られた。次いで両手錠および足手錠にされたままの状態で両脇をかかえられて三〇二号室に引きずつて行かれ、四畳半の間において、右暴行によりぐつたりしているところを二人にかかえあげられ、一人の警察官に「こらあ、吐け、シヤブ出せ。」などと言われ、前からボクシングのような格好で腹部を手拳で殴打され、更に踏んだり蹴つたりの暴行を受けた。右各暴行中、警察官からベルトを引つ張られるなどしたため、着用していた黒の皮のベルトがバックルの部分から切れ、ベルト通しの紐も切れてしまつたほか、右暴行により室内のガラス障子のガラスも割れ、部屋の中はめちやくちやになつた。このような暴行を受けたため、身体中に打撲の跡がいつぱい残り、痛かつたので、警察官に話して、一二月三日から同月一五日までの間に三回くらい病院に行き、湿布をして貰つた。捜索差押許可状は、部屋の中で暴行を受けた後に示された。

(二) 警察官証言の要旨

白石警部補は、前記のとおり、三〇六号室で張込中、三〇二号室の前に立つてドアに鍵を差し込んで回しかけた被告人を認め、他の警察官に「行くぞ」と合図をし、五、六名の警察官の先頭になつて部屋を飛び出し、被告人に近寄つて「待ちなさい」と声をかけて職務質問を開始した。そのとき被告人は、無言のままで、同警部補の方をちよつと振り向くや、いつたん差し込んだ鍵を引き抜いて手に持つたまま、大声を発しながら上つて来た階段の方向に走つて逃げた。そこで、同警部補は、直ちに被告人を追跡し、階段を一、二段くらい降りた辺りで被告人に追いついたので、「警察の者だ、ガサ状もある、立会が必要だ」などといつて、被告人の腰に両腕を回して背後からこれを抱き止めたが、なおも逃走しようとする被告人ともども三階と二階との中間にある踊場に転落した。その場では、同警部補が被告人を後から抱きかかえる状態で、双方が身体の右側を下にして横倒しになつたが、被告人が手足をばたつかせ、異常に強い力で逃げようとしたので、後からきた警察官が、暴れる被告人と同警部補の身体の上に乗りかかつて、被告人を押さえつけた。そのとき、被告人に手錠をかけようとした中川巡査に対し、同警部補が「待ちなさい」といつてこれを制止した。その前後ころに、三〇二号室の方でガラスの割れる音がしたのを聞いた同警部補は、被告人を押えていた三、四名の警察官のうち中川巡査に向かつて、「押さえといてくれ」といつてその場を同巡査らに委ね、三〇二号室に行つた。その後、中川巡査は、警察官の人数が減つたうえ、なおも被告人が制止を聞かずに暴れるので、これでは押え切れないと考え、被告人の両手に手錠をかけた。しかし、足に手錠をはめたことはなく、また、その場で警察官が被告人に対し殴る蹴るの暴行を加えた事実はない。次いで、中川巡査らは、被告人に両手錠をかけたままその両脇をかかえ、ベルトの留金をはずしてこれをズボンから抜き取り、ズボンをずらせて被告人の足を自由に動かせないようにしたうえ、三〇二号室に連行した。同所において、白石警部補は、被告人に捜索差押許可状を示したうえ、「覚せい剤があれば出しなさい。」とその所在を追及したところ、被告人が六畳間畳上の電話器横にあるナッツボンキャンデー缶を指し示したので、その内部を捜索した結果、本件証拠物を発見した。そこで白石警部補は、ただちにこれをマルキース試薬による簡易検査に付したところ、覚せい剤特有の反応を示したので、これを差し押えるとともに、被告人に対し、覚せい剤所持の現行犯として逮捕する旨告げた。警察官が三〇二号室内で被告人に対し暴行を加えた事実は一切なく、同室内のガラス障子のガラスが一部破損しているのは、そのころ逮捕されて同室内にいた豊田隆雄が立ち上がろうとしたのを警察官が制止した際に生じたものであつて、警察官が被告人に暴行を加えたためにガラスが割れたのではない。

(三) 当裁判所の認定

白石警部補ら警察官数名が、逃げようとする被告人を三〇二号室前から三階と二階との間の階段踊場まで数メートル追いかけ、後から被告人を抱きとめてその逃走を制止し、転倒し手足をばたつかせ暴れ廻る被告人に対し、警察官が数名がかりでこれを押えつけ、その両手に手錠をかけたうえ、引き続き、手錠をかけられ、ズボンをずり降されて、半ば歩行の自由を奪われた被告人を、両脇から抱きかかえるようにして三〇二号室内にまで連行し、同所において、被告人に覚せい剤の所在場所の指示を求め、その指示に基づいて本件証拠物が発見されていることは、本件捜索に従事した警察官の証言によつてもこれを認めうるところであつて、これを覆えすに足る証拠はない。

そこで、前記踊場および三〇二号室内において、被告人が供述するような警察官による暴行の事実があつたかどうかについて検討する。

前記踊場において、警察官に後から抱きかかえられ、転倒したところを押えつけられた被告人が、なおも逃走しようとして、執拗に異常な力を出して、手足をばたつかせて暴れ廻つたこと、これに対し警察官らが、逃走を制止しようとして、被告人を押えつけるだけではなく、被告人の動作、力に呼応し、なんらかの有形力を行使したであろうことは、その場の状況に照らし、これを推認しえないでもないが、それが被告人のいう殴る蹴るの暴行と評すべきものかどうかについては、それじたいを判断しうる的確な資料はない。しかし、三〇二号室内の状況については、前記丸福ハイツの所有者で、本件の帰すうには全く利害の関係のない人物である証人阿部員章は、当公判廷において、警察官らが三〇二号室を捜索中の時刻ころ、同人の自宅に、同室の斜め向いの三〇七号室の住人から、「三〇二号室で大きい音がしているので、怖いから見に来てほしい」旨の電話連絡があつたこと、その時点で、すでに警察官が三〇二号室に入つているのを知つていたが、それでも大きい音というので、急いで三〇二号室の前に行き、廊下から室内を見たところ、玄関を入つた直ぐの炊事場と次の間である四畳半の部屋との間付近で、一人の男がひどく暴れており、それを二人くらいで取り押えていたこと、暴れていたのが誰であるかは判らないが、いつたん一階へ降り再び三階へ上つたときには、その男は三〇六号室に連れて行かれていたこと、捜索が終つてから後、右四畳半の間と食堂とを仕切るガラス障子のガラス一枚が三〇センチメートルと二〇センチメートルくらいの大きさで三角形にこなごなに割れていることを知つたことなどを証言しているのである。ところで、阿部が電話連絡を受けたという「三〇二号室で大きい音」が何であつたかについては、前記踊場で警察官が被告人を取り押えた際の物音と解する余地もあるが、場所的にみて右のように解するのは不自然であり、また、三〇二号室の捜索に際し警察官は、玄関のドアが施錠されたままであつたため、廊下に接する炊事場窓ガラスを破つて同室内に入つているので、そのときの物音と解しえないでもないが、右窓ガラスを破壊したのは、被告人が逃走し前記踊場にいた時刻ごろと認められるので、時間的にみて右のように解するのも困難である。むしろ、右電話連絡の内容が「三〇二号室」と特に指定するものであつて、室内での物音を窺わせる内容であること、その直後に同室前に赴いた阿部が、同室内で一人の男が暴れているのを目撃していること、その場所付近のガラスが一枚破損していることなどを考え合わすと、右電話連絡の内容は、同室内で「大きい音」を発するような何らかの出来事のあつたことを窺わせるものというべきであつて、本件捜索に従事した白石警部補らの当公判廷における証言中、被告人およびほぼ同時期に逮捕した豊田隆雄の両名共、三〇二号室内では平静であり、同室内での捜索が平穏のうちに行われたとの趣旨の証言部分と右電話連絡の内容によつて窺われる同室内の状況とは、明らかに矛盾することが認められるのである。もつとも、同室内のガラスを破損した原因について志倉和夫巡査部長は、ガラス障子近くに座つていた豊田隆雄が、再三立ち上がろうとしたので、座れといつて押えつけた際、同人のひじか肩がガラスに当つて割れた旨の証言をしているが、同証言は、同室内のガラス破損の事実が公判廷で明らかになつた後になされたものであつて、それ以前の段階において警察官証人は、ガラス破損の事実は知らない旨の証言をしていたこと、豊田隆雄は右志倉の証言内容を否定する証言をしていること、阿部員章の前記目撃状況に関する証言内容などに照らすと、右志倉の証言は、にわかに措信しがたいものというべきである。

次に、本件当時、被告人に同行して前記丸福ハイツを訪れ、同所二階で覚せい剤所持の容疑で逮捕された豊田隆雄は、当公判廷において、三〇二号室内で二人の警察官に羽交締めにして押えつけられ、座らされていた際、顔面を思いきり殴られて唇を切つて出血したことなど、自らが警察官に暴行を受けた旨の証言をするほか、前記踊場および同室内において、被告人が警察官から殿る蹴るなどされているのを目撃した旨の証言をしているのである。豊田と被告人とは、覚せい剤取引の仲間であるうえ、豊田に対する被告事件の公判廷に被告人が証人として出廷し、豊田の弁解に沿う証言をしている事実が認められることなど、本件公判廷での豊田の証言内容には、全幅の信頼をおきがたいとの事情もあるが、豊田と被告人とは、本件当日に逮捕されて以来引き続き身柄の拘束を受けているものであつて、相互に自由な意思の疎通をはさりがたい状態にあるのに、警察官のしたという暴行に関しては、大筋においてほぼ一致する証言をしており、ことに豊田の当公判廷における証言態度は、素直であつて、被告人が声を大にして訴える足手錠については、四畳半の間ではそれを見たが、奥の間にいたときには外されていたと記憶する旨、必らずしも被告人の供述に追随しない、自己独自の記憶に基づく証言をしている態度が窺われること、豊田の証言中にある同人が唇を切つて出血していたということは、白石警部補も当公判廷でその旨を証言をしており、また、司法巡査作成の現場写真撮影報告書添付写真中に、豊田の着用する下着足の部分に血痕らしきものが点々と付着している状況の写つているものがあることなどに照らすと、右豊田証言はむげに排斥しがたいものというべきである。

更に、本件当日から警察を経由して大阪拘置所に保管してあつた被告人のバックル、ズボンを点検すると、バックルには皮ベルト部分が付いていないこと、ズボン後部のベルト通しの紐の上方がちぎれていること、が認められ、また被告人は、逮捕直後から腰部の痛みを訴え、昭和五七年一二月三日から同月一五日までの間三回くらいにわたり、喜馬病院に通院して左腰背部打撲傷の病名で治療を受けていることなどの事実も認めることができるのである。

右各事実のほか、被告人が当公判廷において、起訴事実をすべて認め、本件による逮捕が被告人に立ち直りの機会を与えてくれたものと理解し、その意味ではむしろ警察官に感謝の気持を抱いている旨その心情を吐露しながら、他面、逮捕状によるものならばともかく、捜索差押許可状のみによつて、その供述するような警察官による暴行が許されてよいものか、という素朴な疑問を呈し、その究明を強く訴え、一貫して警察官による暴行の事実の存在を供述していることなどの事情を総合すると、すくなくとも、三〇二号室内における捜索が終始平穏に行われたものとは認めがたく、同室内において、警察官から殴打、足蹴りの暴行を受けたという被告人の供述は、多少の誇張はあつても、大筋において措信しうるものと認められる。

二 本件証拠物の押収手続の適法性について

弁護人は、本件捜索差押許可状は、被告人を被疑者とする令状ではないから、本件証拠物の押収は右令状に基づくものでなく、違法な逮捕手続に付随するものであると主張する。しかし、右令状は、捜索場所を丸福マンション(「丸福ハイツ」の誤記)三〇二号室李光士方居宅とし、差し押えるべき物の中に覚せい剤も含ませているのであるから、三〇二号室にあつた本件証拠物を差し押えること自体は、右令状が被告人を被疑者としているかどうか、あるいは被告人を逮捕したかどうかにかかわりなく、可能であつたことはいうまでもない。また、被告人は、当時捜索場所である三〇二号室に居住していたものであり、右令状記載の被疑事実である同室内で行われた覚せい剤譲渡の被疑者または共犯者と目しうる状況のあつたものであるから、白石警部補が被告人に対し、捜査の必要上三〇二号室までの同行ならびに捜査差押についての立会を求めること自体は、刑事訴訟法二一八条、二二二条一項、六項、一一四条二項に照らして正当であるといわなければならず、被告人も右の諸規定により、その求めに応じて同行、立会をすべき法律上の義務を負担するものというべきである。

しかしながら、人の逮捕に関する令状主義の原則を定めた憲法三三条、ならびにこれをうけた刑事訴訟法一九七条一項但書、一九八条一項但書、一九九条以下の諸規定の趣旨に徴すると、いまだ逮捕・勾留されていない被疑者を強制的に捜索場所に連行し、これに立ち会わせることは、同法二二二条六項の規定によつても許されないものと解すべきである。

これを本件についてみると、前記のとおり、白石警部補らは、三〇二号室前から逃走する被告人に追いすがり、数名で被告人を取り押え、いまだ犯罪の嫌疑が十分でないのに、その両手に手錠をかけ、完全にその行動を制圧したうえ、両脇から抱きかかえるようにして同室に連行し、同室内においても殴打、足蹴りする暴行を加え、本件証拠物の所在を指し示させたというのであつて、覚せい剤事犯の検挙の困難性、危険性、本件現場における被告人の応対の態度などを考慮しても、その逃走を防止するため、数名で取り押える程度の有形力の行使ならばともかく、それをはるかに越える前示のような所為に出た警察官の行動は、正当な職務行為とはいいがたいものであり、本件証拠物の押収手続は、右一連の捜索差押許可状の執行手続において、違法であるといわざるを得ない。

三 本件証拠物の証拠能力について

ところで、押収等の手続に違法がある証拠物であつても、その証拠能力をただちに否定することは、事案の真相究明の見地から相当でないが、証拠物の押収等の手続に、憲法三五条およびこれをうけた刑事訴訟法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるものと解すべきである(最高裁昭和五一年(あ)第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決・刑集第三二巻第六号一六七頁参照)。

これを本件についてみると、前記のとおり、本来任意の方法でしか許されない被告人の本件捜索現場へ同行、立会がいずれも被告人の行動の自由を完全に制圧したうえ強制的になされており、とりわけ被告人に暴行を加えて本件証拠物を指し示させていること、被告人の立会がなければ、他の立会人を置かないかぎり、適法に捜索差押手続を進めることができなかつたこと、本件証拠物が被告人の指示によつて発見されていることなどの諸点を併せ考慮すれば、本件証拠物の押収手続の違法性は、きわめて高く、重大であるといわざるをえないのであつて、本件捜索差押手続そのものは事前に適法に発付された捜索差押許可状に基づくものであること、被告人に法律上は捜索現場に立ち会うべき義務があつたこと、本件証拠物が比較的発見の容易な場所にあり、被告人の指示を待たなくとも発見にさほどの困難は伴わなかつたであろうと思われることなどの諸点を考慮しても、なお本件証拠物を証拠として許容することは、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるので、本件証拠物の証拠能力はこれを否定すべきであると解する。

そして、本件証拠物の証拠能力が否定される以上、本件証拠物に関する捜索差押調書、鑑定書、覚せい剤を発見した旨の警察官の証言なども、ひつきよう本件証拠物の存在に依拠するに過ぎないものであるから、右の証拠書類、証言などの証拠能力も否定すべきであつて、これらをもつて本件公訴事実に対する被告人の自白を補強しうるものではないというべきである。

もつとも、本件証拠物は、異議なく証拠調べされ、捜索差押調書、鑑定書なども、それらを証拠とすることに同意がなされているが、右弁護人の意見は、上記のような事実が明らかになる以前になされたもので、その後において右意見は撤回されているうえ、もともと違法収集証拠の証拠能力の有無は、弁護人の当該証拠に対する意見の内容によつて左右されるべき性格のものとは解しがたいから、異議なく証拠物の取調べがなされ、証拠書類等につき同意のあつた事実は、前記判断を左右するものではない、と考える。

四 破告人の捜査段階における供述調書等の証拠能力について

なお、被告人に対する逮捕は、白石警部補らが前記のような違法な連行行為により被告人を捜索場所に立ち会わせ、その指示に基づいて本件証拠物を発見した結果、覚せい剤所持の現行犯人としてなされたものであつて、右現行犯逮捕には、右の違法な連行行為等が先行し、実質的には右時点で被告人を逮捕したものと認めざるをえず、三〇二号室における被告人の現行犯逮捕がこれに先行する右実質的逮捕なくしてありえなかつたことからすれば、被告人に対する逮捕は、後行する現行犯逮捕を含め、全体として違法性を帯びると解すべきであるところ、更に進んでこれに引き続く勾留の適法性にも疑いを抱くべき余地がないではない。

しかしながら、警察官らは丸福ハイツ三〇二号室において覚せい剤の密売が行われている旨の内偵捜査の末、同室を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を得たうえ、同室付近で張込みをしていたところ、同室に居住していると思われる被告人が丸福ハイツ付近で覚せい剤の取引をしている旨の無線連絡を受け、その後被告人が三〇二号室に戻つて来たところで被告人に対する右連行行為に及んでいるのであつて、右時点においても、被告人に十分ではないが相当程度の覚せい剤所持の嫌疑が認められたこと、右連行行為は、距離的にも時間的にも短いものだつたこと、警察官は昭和五七年一一月二八日午後一一時ころの右連行行為の時点から四八時間以内である同月三〇日中に被告人を関係書類とともに検察官に送致する手続をとり、検察官は、右送致を受けた後二四時間以内の右同日中に裁判官に対して勾留請求をし、右請求を受けた裁判官もやはり右同日中に現行犯人逮捕手続書などの一件記録を検討し、被告人の陳述を聴いたうえ、勾留の要件があるとして被告人に対する勾留状を発付したとみられることなどを総合して考慮すれば、捜査段階における被告人の勾留を違法とするのは相当でなく、また、右勾留中に作成された被告人の供述調書は、その供述の任意性を肯認しうるものでもあるから、その証拠能力に欠けるところはないと認められ、被告人の提出にかかる尿、その尿に関する鑑定書などの判示第一および第二の事実に関する各証拠も、すべて証拠能力を有すると解されるので、この点に関する弁護人の主張は採用できない。

五 結論

以上の次第であるから、本件公訴事実中昭和五七年一二月一八日付起訴状記載の公訴事実第二については、被告人の捜査段階および公判廷における自白が存するのみであつて、ほかに右自白を補強するに足りる適法な証拠がなく、結局右公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法三三六条に従い、被告人に無罪の言渡しをする。

よつて、主文のとおり判決する。

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